プロレス界の大流行技である膝蹴り。
元々膝蹴りなんてのは、プロレス技と言う訳ではなく格闘技で当たり前に使われる打撃技で、それをプロレス技としてシチュエーションを考え、多用して必殺技にまで昇華させたのは、帝王・高山善廣です。
その高山に、若手時代に闘う度に、何度もボコボコにされながら吸収して身に付けたのが膝蹴りで、暫くの間はスタンド状態の相手に叩き込む膝を、繋ぎ技として多用していました。
そして2009年には、低い姿勢の相手に助走を付けて叩き込む膝蹴りを必殺技として昇華させるに至り、ボマイェが遂に完成したのです。
膝の角度など、高山のそれとは違いますが、中邑本人が「高山選手のパクリ」とハッキリ公言しているので、自分なりのアレンジを加えているとは言え、高山へのリスペクトも込めた技なのは、間違いないでしょうね。
2004年の1.4でのIWGP&NWFのダブルタイトル戦では、最終的に勝利したとは言っても、これでもかと言う位にボッコボコにされていますから、高山の強さに尊敬の念を抱いていても不思議では無いです。
使用当初は特に正式名称は無かく「膝蹴り」の表記でしたが、G1CLIMAXで、杉浦貴をこの技で撃破した直後に「ボマイェってどうだろ。」と自ら命名。
このボマイェとは、スワヒリ語でキル・ユーと言う意味を持つ文字通りの名実供に必殺技である。
ボマイェの開発以降は、基本的に殆どの試合をボマイェで決める様になりますが、この前年に当時全日本プロレスの武藤敬司にIWGPを奪われ、リマッチでも敗れた時の中邑には、まだボマイェと言う武器を持っていませんでした。
仮にあの時の中邑が、ボマイェを持っていたとしたら、武藤との連戦はどんな試合になっていたのだろうか?
どんな結末になっていたのだろうか?
と考える事も、またプロレスの楽しみ方の一つですね。
ボマイェとは「膝蹴り」ですが、背後に思い切り仰け反るあのポーズからのボマイェの流れが、個人的にボマイェと思っています。
クネクネし出したのは、2011年からだと記憶していますが、やっぱり中邑と言えば「ボマイェ」と「イヤォ」と「タギル」の3点セットは、どうしても外せません。
思い切り「タギッテ」から「ボマイェ」で止めを刺し「イヤォ」で締めるのが、最高の流れです。
中には「キモイ」とか言う人も居ますが、キモクないです。
イヤォだから、あれで良いんです!!
いや、仮にキモイとしても そのキモさが良いんです(笑)。
そしてもう一つ これも個人的な感想ですが、WWEに行ってからは技名が「キンシャサ」に変わってしまいましたが、やはり中邑真輔の必殺技の膝蹴りは「ボマイェ」だと今でも思っています。