1990年6月8日は、全日本プロレスの三沢光晴が、完全無欠のエースジャンボ鶴田を撃破し時代を変えた日です。
天龍源一郎らの大量離脱を受け 全日本は潰れると囁かれる中 危機感をいち早く持った2代目タイガーマスクが、リング上で突如マスクを脱ぎ捨て 三沢光晴となり新時代を切り開く事を宣言。
それまでの全日本は、ジャンボ鶴田vs天龍源一郎の対戦を核に動いていましたが、天龍不在の今 自らがポスト天龍となり 鶴田と闘っていくと・・・いや鶴田を越えて自分達の世代で、全日本を牽引する為の覚悟を示しました。
打倒鶴田について問われると
「期待して良いですよ。」
と自信を覗かせながらも必要以上に、大きな事を言わない実に三沢らしいコメント。
・・・とは言っても1990年は、怪物と言われた鶴田の全盛期。
マスクを脱いだからと言って易々と勝てる相手では、ありません。
案の定 鶴田はドッシリと構え安定した強さを発揮
覚悟を示しておきながら負ける訳にはいかない三沢も必死に大きな壁を切り崩しにかかります。
この時点での実力は明らかに鶴田の方が上でしたが、耐えに耐え反撃のチャンスを待つ三沢が、奇跡を呼び込みました。
ドロップキックをスかされた鶴田が、ロープに股間から激突
反撃のチャンスと見るや三沢が、ブレーンバスターを狙うもパワーに勝る鶴田が、投げ返す。
しかし 身を翻して後方に着地した三沢が、バックドロップ
今度は鶴田が、身を翻して三沢を押し潰すが、更に三沢が下から鶴田ごと体をひっくり返して遂に3カウント!!
必殺技で正面からの勝利とは、いきませんでしたが それでも完全無欠のエースからの勝利は、とてつもなく大きく全日本プロレスの歴史に残る一戦でした。
試合全体も素晴らしかったですが、最後の一連の攻防が見ごたえ充分で、この勝利により三沢は鶴田と供に、全日本を引っ張っていく事になります。
そして最終的には、全日本どころか日本プロレス界を代表する選手にまで登り詰めていくのですから この鶴田の敗戦もプロレス界的には、大きな意味をもちます。
鶴田がシングルマッチで、下の世代に敗けたのは、この一戦だけですが、この一戦を境に三沢が全日本の「未来」から「現在」になったのは、言うまでもないでしょう。
試合後に川田と小橋に、担がれての三沢の男泣きが印象的でした。
後年の三沢からは、ちょっと想像できないですけどね。