新日本プロレスのJr.ヘビー級の祭典
BEST OF THE SUPER Jr.
世界最高峰と謳われる新日Jr.のNo.1を決める闘いでは、これまで数多くの激闘が繰り広げられ、当然ながら多くの優勝者が 誕生してきましたが、中には2度、3度と優勝した選手も存在します。
しかし過去の歴史においても 過酷なリーグ戦を2年連続で制した選手は、僅かしかいません。
その初めての一人となったのが、4代目タイガーマスク。
2005年6月19日は、4代目タイガーマスクが、ベスト・オブ・ザ・スーパーJr.2連覇と言う偉業を成し遂げた日でした。
1995年にみちのくプロレスでデビューした彼は、2002年に入ってから新日本へのシリーズ参戦を経て みちのくプロレスからの円満移籍を果たしたのですが、ここからの活躍が凄かったのです。
2003年にIWGPJr.ヘビー級を初戴冠
2004年にベスト・オブ・ザ・スーパーJr.初優勝
移籍から僅か2年で、2大タイトルを手中に収め 瞬く間に新日Jr.の中心選手にまで登りつめた姿は、まるで初代タイガーマスクを彷彿させる物でした。
この頃のタイガーが、口癖の様に語っていたのは「もう一度タイガーブームを作る!」と言う物で、この頃の新日本プロレスは暗黒期を迎え、プロレス人気も低迷している真っ最中。
そんな状況だったからこそ、かつて初代タイガーが世間を巻き込むタイガーブームを作り出し、プロレス人気に一役買っていた時の様に、同じタイガーマスクである自分もタイガーブームを作り プロレス人気を復活させようと言う使命感からの発言だったと思われます。
そうして迎えた2005年のスーパーJr.
前年度に優勝しているタイガーの優勝を予想している人は、少なかったでしょう。
タイガーの実力や素質は誰もが認めながらも流石に、2連覇などと言う偉業は、有り得ないと誰もが思っていました。
しかしタイガーブームを作ると言う使命感に燃えた4代目は、苦戦しながらも再び決勝戦のリングに駒を進めて来たのです。
しかも相手は伏兵・外道
誰もが予想しなかった意外なカードでした。
残念ながら4代目タイガーは、その活躍とは裏腹にファンの支持率は余り高くなく ヒールながらも会場人気も有った外道に、声援が集まっていた様に思います。
正義のヒーローとしては、何ともしがたい状況ですが、後はリング上で結果を出してファンを認めさせるしかありません。
苦しい闘いでしたが、ミレニアムスープレックスからの必殺タイガースープレックスで遂に外道を下し、史上初のスーパーJr.2連覇と言う偉業を成し遂げたのです!!
当時のスーパーJr.は、稔の初優勝を期待する人や、人気絶頂の金本浩二を推す人が多い時代だったので、イマイチ支持されなかったタイガーとしては精神的にも苦しいリーグ戦だったかも知れません。
しかし腐る事無く この後、数年間に渡り何度もIWGPJr.を巻いたりと、間違い無くタイガーは、暗黒期の新日Jr.を支えた功労者でした。
この優勝直後にリングサイドを練り歩きながら、鉄柵越しに群がるファンとタッチをする姿は、絶大な人気を誇った初代タイガーの様でも有り、正しく劇画のヒーロー タイガーマスクの様でも有りました。
常にグットコンディションを保ち 身体も良く作ってあり、動きや技のキレも一級品のタイガーは、紛れも無くスーパーJr.を2連覇出来るだけの実力を持った選手だったと思います。
これから17年の月日が流れましたが、2連覇と言う偉業を達した選手は、現時点では高橋ヒロムのみ。
2005年6月19日は、4代目タイガーマスクが、ベスト・オブ・ザ・スーパーJr.2連覇と言う偉業を成し遂げた日でした。