エル・サムライの垂直落下式リバースDDT

プロレスラーならば、コンディションが良い時もあれば悪い時もあり、絶好調な時もあれば、スランプになる事もあります。

数多いプロレスラーの中でも、エル·サムライ程 浮き沈みの激しいレスラーもなかなか居ないんじゃないでしょうか。

 

1992年に凱旋するやスーパーJr.2年連続準優勝、IWGPJr.ヘビー級も奪取して なかなかの実績を残しているのに、今一つパッとしないと言うか、新日Jr.の中心に立つ事はありませんでした。

しかし そんなサムライも物凄い大爆発を見せた事があります。今までの影の薄さが嘘の様に、新日Jr.の頂点に立ったのです。

1997年に、青を貴重とした 新たなマスクとコスチュームに変えて生まれ変わったサムライを御披露目したのですが、何よりも一番大きかったのは、垂直落下式リバースDDTを使い始めた事です。

 

この時期のサムライは、本当に強く「どんな攻撃を喰らっても怪我をしない不死身の体に、一激必殺の技が加われば正に鬼に金棒だ!」と表現された様に、相手の技を耐えて耐えて 最後は必殺の垂直落下式リバースDDTで、確実に相手を仕留める。 この流れは正に絶対でした。

 

金本浩二を倒してスーパーJr.を優勝したのも、獣神サンダー·ライガーからIWGPJr.を含むJr.七冠王座を奪取した時も垂直落下リバースDDTが、フィニッシュとなったのが、その証明です。

この時期のサムライは、間違いなく世界最高峰の新日Jr.で一番光輝いていました。 まぁ初防衛戦で、いきなり大谷晋二郎に王座を明け渡す所が、サムライらしいんですけど。

 

垂直落下式リバースDDTの誕生のきっかけとなったのは、1994年に行われたスペル·デルフィンに放った垂直落下式リバースブレーンバスター。

この一撃でデルフィンを完全にKOし、サムライの新必殺技となるかと期待されていたのですが、見るからに軽量の選手が相手じゃないと掛けにくい技ですが、同年のライガーとの公式戦で狙った所 ライガーを持ち上げ切れずに、現在の垂直落下式リバースDDTの様な形になってしまいました。

この時点では、垂直落下式リバースブレーンバスター崩れの様な形でしたが、これが1997年に垂直落下式リバースDDTとなって完成されたのが始まり。

 

確かに垂直落下式リバースブレーンブレーンバスターの様に、相手を垂直になるまで持ちあげなくても良いし、掛け手の労力は軽く済むので成功率も上がり、それでいて一撃必殺の破壊力も併せ持っていると言う「災い転じて福となす」と言うか、失敗を元にサムライ最強の必殺技が誕生した訳です。

これ以降もサムライの活躍と垂直落下式リバースDDTが猛威をふるう事を、結構期待していたんですけど、余り目立った活躍をする事も無く、垂直落下式リバースDDTも滅多に使わなくなってしまいました。

 

ああ・・・エル・サムライに、もう少しやる気があれば・・・

 

サムライの歴代の必殺技の中でも、垂直落下式リバースDDTが一番好きだったんですけど、ああ見えて結構な浮気性(?)で、フィニッシュホールドをちょいちょい変えてましたからねぇ。