今はコロナ禍の影響で、客入りが落ち込んではいますが、コロナ禍以前はどこの会場でも満員御礼だった新日本プロレス。
そんな新日本も客入りに、苦戦していた時代もありました。
新日本と言うよりは、正確にはプロレス界全体が格闘技の勢いに押され衰退していた時期で、浮き沈みの激しい新日本に関しては暗黒期と呼ばれていた頃。
当時の新日本は、三銃士世代がごっそり抜けて第三世代がトップに押し上げられ 新たな時代を掴もうと棚橋弘至、中邑真輔、真壁刀義らが壁をぶち破ろうと もがいていた時代。
1990年代の長州や藤波の闘い
闘魂三銃士を中心としたドームプロレス
世間をも巻き込んだNWOの大ブーム
ファン時代に、それらの凄いプロレスを見てきた棚橋世代だからこそ 当時の落ちていた新日本をあの時の新日本のレベルにまで、引き上げようと必死だったのだと思います。
2007年8月12日
暗黒期の中でも毎年行われていたG1ですが、この年の決勝戦に駒を進めたのは、永田裕志と棚橋弘至
当時の新日本の主流であった世代闘争の意味合いを持つカードとなりました。
この時点で棚橋も中邑もIWGPヘビー級は、獲得した事はありましたが、G1だけは新世代にとっても誰も一度も手にした事の無い勲章
新世代が時代を掴む為には、何ともしてもG1は制覇しておきたい所だったでしょう。 この1~2年で何度も行われていた永田vs棚橋は、期待通りの素晴らしい試合でした。
低迷期の為に、お客さんの入りは決して良かったとは言えませんが、それでも2人は持てる力の限りを出し尽くして闘いました。
そして勝ったのは、棚橋弘至!
新世代が始めて掴みとった栄冠です。
そして棚橋は、こう叫びました。
「必ず、俺達の世代でもう1度プロレスを爆発させます!」
これは、棚橋の心からの叫びでしょうね。
ガラガラの会場で、G1決勝戦を闘う悔しさ
武藤や橋本が居なくなったら低迷に繋がってしまった悔しさ
どんなにプロレスの事を考えてもファンに支持されない悔しさ
そんな、色んな物が積み重なった上での発言でしょう。
誰よりもプロレスを愛してる棚橋だからこそ「もう一度プロレスに熱を取り戻したい!」そう思うのは当然だし、同世代の中邑真輔や真壁刀義となら それが出来ると信じていたのでしょう。
事実この数ヵ月後に、凱旋してきた後藤洋央紀を加えた新世代達の激しい闘いを中心に、新日本は徐々に、熱を取り戻していく事になります。
棚橋vs中邑
棚橋vs後藤
中邑vs真壁
中邑vs後藤
この辺の同世代対決に、外れは有りませんでしたから。
勿論 棚橋だけの力ではありません。
棚橋が主役の位置に居る事は、確かに多かったですが、本人も「俺達の世代で・・・」と言っていた様に、対戦相手として信頼出来る同世代のライバル達の存在が大きかったと思います。
新世代を引き上げてくれた第三世代も同様です。
勿論資金面で援助してくれた ユークスやブシロードが居なければ新日本が活気を取り戻すまで持たなかったでしょうから そこも忘れてはいけない部分ですが、やはり観客の支持を得られなかった時代に、リング上での棚橋の決意表明とも言える言葉は、明るい未来を予感させる物でした。
更に新世代のオカダ・カズチカの登場も有りましたが、2007年から5年後の2012年には、間違い無く新日本プロレスは復活しました。
大きな目標や夢を語っても 確かに実現するかどうかは分かりません。
しかし それを叶える為に、逆風の中 それを高らかに宣言した棚橋の決意は、並大抵な物では無かったでしょうし、簡単に出来る事ではありません。
棚橋は新日本の歴史に置いても日本プロレス界の歴史に置いても 紛れも無く大エースと言える存在でしょう。