馳浩が、デビュー時から一貫してフィニッシュホールドとして 大事に使用していた技と言えば 自身の代名詞とも言える ノーザンライトスープレックス。
言うまでも無くレスリング仕込みの強靭なブリッジを活かした技なのですが、他のスープレックスの様に頭から落とすのではなく 相手の脇に自分の頭を差し込んで 両腕を抱え込みながら しっかり両手をロックして後方に反り投げる従来のスープレックスとは、一風変わったスープレックスでした。
背中から叩きつける技なので、それ故か「あの技は全然痛そうに見えない」と言う声も一部ではありました。
冷静に考えてみたら分かると思いますが、この技はメッチャ痛いでしょう。
馳が正面から両腕ごと抱え込んで 後方に投げているのだから マットに叩きつけた際に、馳の肩が相手の身体に体重を乗せて突き刺さり 一瞬呼吸が出来なくなってしまいます。
「頭から落とされたから頭が痛い」と言う単純な分かり易いダメージでは無いのです。
このダメージについては、喰らった武藤敬司もそう証言していました。
1990年に圧倒的に格上だった武藤が、2度に渡りノーザンライトスープレックスでフォールを奪われているのだから その破壊力は証明済みと言えるでしょう。
証言と言えば1993年の馳とのシングルで、ノーザンライトスープレックスで敗れた冬木弘道は「腕のロックがキツくて返せなかった」と試合後に語っています。
馳の場合は、相手の両腕ごとしっかり抱え込んでいるので ダメージ以上にフォールをハネ返すのが、難しくなっている訳です。
ここが本家本元の凄い所で、他にもノーザンライトスープレックスを使う選手は結構 居たのですが、誰一人として両腕を抱え込まずに、全ての選手が片腕のみ抱えて投げる中途半端な形を取っていた為に、あれでは本家に比べて効果半減だったと思います。
あの秋山準も若手時代には、ノーザンライトスープレックスをフィニッシュにしていましたが、片腕のみのロックだった事を考えると 両腕を抱えて投げるのは、難易度的に高かったのでしょう。
中途半端なブリッジの選手が、この技を使ってしまい 反りが中途半端になってしまうと 両腕の自由が利かない状態で相手が顔面からマットに突き刺さってしまうと言う危険性があるので、ブリッジに絶対の自信を持つ選手にしか、この技は完璧に使いこなせないとは思います。
使い手の数に対して 完璧な形で使いこなす選手は、本家を除いて殆ど居なかった・・・と言うのは何気に凄い事ですね。
馳が1987年の国内デビュー戦で、小林邦明を撃破して いきなりIWGPJr.ヘビー級を獲得した時の技が、ノーザンライトスープレックス。
2006年の引退試合で、”brother”YASSHIに勝利した時もノーザンライトスープレックス
19年に及ぶ現役生活で、デビューから引退まで必殺技として一貫してノーザンライトスープレックスに拘り続けた馳は、本当に凄いと思います。
他にもフィニッシュとなる技は、幾つか持ってはいましたが、メインフィニッシャーが、ノーザンライトスープレックスと言う部分では、最後の最後までブレませんでしたからね。
ノーザンライトスープレックスで勝利してからのTWO HEARTSは、最高にカッコ良かったです。