内藤哲也「新日本プロレスの主役は俺だ!」

内藤哲也が、まだ制御不能になる前

スターダストジーニアスと呼ばれ 不動のACE・棚橋弘至に最も近いのは、内藤だと そう言われていました。

この頃の内藤の決め台詞は

「新日本の主役は俺だ!」

 

エース・棚橋に代わり自分が、新日本を背負って行く覚悟と決意の言葉ですが、残念ながら当時の内藤に、新日本を託せると感じていたファンは少なく 支持をされるどころか、何をやってもブーイングを浴びせられる苦悩の日々が、続いていました。

そんな中で2012年に、凱旋帰国したオカダ・カズチカにより、内藤の状況は更にマズイ事になっていくのです。

 

オカダは凱旋直後に、あっという間にIWGPヘビー級を奪うや 内藤をも防衛戦で打ち破り その年にはG1クライマックスも初出場・初優勝

たった1年で、内藤を実績面でも人気面でも支持率でも上回ってしまい 内藤は完全にオカダの背中を追う形となってしまいました。

これは屈辱以外の何物でも無かったでしょう。

 

かつてオカダの新日本デビュー戦の相手を務めたのは、自分なのに現在では完全に、立場を逆転されてしまっているのだから悔しくない筈がありません。

2013年に内藤は、ようやく悲願のG1初優勝を果たすのですが、試合後にリング上で語った「新日本の主役は俺だ!」の言葉に、説得力を感じたファンがどれ程居たのでしょうか?

この時点では、正直微妙でした。

 

翌年の東京ドームで、オカダの持つIWGPに挑戦するも またもや敗戦

しかも中邑vs棚橋のインターコンチ戦に、ファン投票で敗れ 事実上のセミファイナルに降格された事で、まだ内藤は”新日本の主役”と認められていないと言う現実を改めて浮き彫りにされた形になってしまいました。

 

G1を優勝しても まだ駄目なのか?

この時期の内藤は、苦悩の日々だったと思います。

 

そんな内藤に、転機が訪れたのは2015年

メキシコに行った際に、ロス・インゴ・ベルナブレスを日本に持ち帰り 制御不能と化した内藤の変貌っぷりに、最初こそ昔と変わらずブーイングでしたが、EVILやBUSHIを仲間に加え徐々に勢力を拡大

内藤は新必殺技のデスティーノと供に、人気とカリスマ性を高めて行きます。

 

今までは優等生だった内藤が、吹っ切れたかのように制御不能に目覚め やりたい様にやる事で、結果も伴う様になって来ましたが、この頃には既に”あの言葉”を語る事は、無くなっていました。

 

2016年には、ニュージャパンカップを優勝すると 遂には、宿敵オカダを倒して少年時代からの夢の一つだったIWGPヘビー級奪取に成功。

この時点で、内藤は確固たるポジションを築いており 新日本随一のカリスマにまで、成りあがっていました。

 

そして迎えた2017年のG1クライマックス

決勝戦に駒を進めた内藤は、強敵ケニー・オメガを激闘の末に撃破し、2度目の優勝を果たしました

そして栄冠を掴んだ内藤は「あの時は背伸びをしていた」「けど今のおれなら言える」と前置きをした上で、ここでもう一度あの言葉を口にしたのです。

 

「新日本プロレスの主役は俺だ!」

 

この時の内藤の言葉は、物凄く重かった。

主役になる為に優等生であり続けるも 全く支持されなかった男が、制御不能に目覚め やりたい事をやる様になった事で、支持を集め実績を積み重ね 新日本の頂点にまで登りつめたのですから。

人生なにが、どこで転がるか分からない物ですね。

 

この時の内藤は、紛れも無く”新日本の主役”だったし、4年越しのこの言葉には、説得力もあったし 新日本の未来も充分に感じさせる物でした。

 

「プロレスは人生の教訓」と良く言われますが、ドン底に居た内藤は”一歩踏み出す勇気”を持ち 生き方を変える事で、自分を変えてIWGPを獲り ドームのメインに立ち 夢を次々と実現させてきました。

これは、普段から不満を持って生きている人は、大いに見習う部分があると思いますね。