2004年のプロレス界と言えば、フリー転向した佐々木健介が、大ブレイクした年でした。
これまでの長州力の後追いの様なガチガチな思想から、一転柔軟な発想に切り替えて、今までの健介では考えられなかった動きや技を数々披露して 周囲を驚かせた物です。
その中で編み出したオリジナルホールドも幾つかあり、その一つが新日本プロレス参戦時に使用していたボルケーノイラプション。
国内初公開となったのは、IWGPヘビー級選手権での天山広吉戦で、何と健介は出戻りでありながら一発でIWGPを獲得してしまいました。
フィニッシュになった ボルケーノイラプションですが……正直まぁ微妙でしたね。
ハーフネルソンの体勢から股下をすくい上げ、捻りながら相手をうつ伏せにマットに叩きつけた変形のフェイスバスターみたいな技でした。
後で分かった事ですが、これは実は失敗だそうで……でも見ている人からすれば初公開の技で、あれが失敗かどうかなんて分からないので・・・
なに今の微妙な技?
え?天山あれで負けちゃうの?
完全に名前負けしてるな…
こんな印象しかありませんでした。
そりゃそうですよね。誰も成功例を見た事が無いんですから。
失敗の原因が、健介が持ち上げ損ねたのか、途中で天山が抵抗したせいかは分かりませんが、失敗したなら失敗したで何でそのままフォールしちゃったのかな?
仕切り直せば、あんな微妙な結末にはならなかったのに。
後に組まれた棚橋弘至戦で、今度はようやく完成形のボルケーノイラプションを成功させて、若く勢いバリバリの棚橋を振り切っています。
完成形は、左腕でハーフネルソン。右腕で股下からすくい上げる様に持ち上げた相手を反転させながら脳天から真っ逆さまに叩き落とすと言う豪快な技だったので、これを天山戦で見せていれば、説得力も印象も全然違ったんですけどね。
元々ボルケーノイラプションとは、キラウェア火山をヒントに編み出し、和訳すると「火山大噴火」を意味します。 そんな由来と名前を持つだけに、浅間山噴火に伴い自粛するとして封印されてしまったと言う経緯があります。
パーフェクな形で決まれば 迫力も有るし結構良い技だったので、ずっと使い続けていれば健介の代名詞的な技になっていた可能性も有るだけに残念。
初公開はハワイのプロレス団体HCWでのタイトルマッチで、この技で王座を獲った物の殆どの人が、その試合も技も観た事も無いし、そのベルトも知らない。
その状況で「北斗ボムより危険」と言う触れ込みで、ボルケーノイラプションと言う新技が有るという情報だけが伝わって、国内初公開の天山戦では、壮絶に失敗したせいで、思いっきり期待外れに。
数カ月後の棚橋戦では完璧に決まるも、その後はインディー団体転戦で数回使用したのみで封印されてしまうと言う なかなか不運な技でした。
それ以降は密かに解禁を期待していた時期もありましたが、健介の引退まで結局一度も使用される事なくボルケーノイラプションと言う技は、開発から封印まで僅か6ヶ月と言う 何とも短い生涯を終えてしまいました。