中西学の富士山ジャーマン

中西学の一番の代名詞は、ヤングライオン時代から引退まで、一貫してアルゼンチンバックブリーカーでしたが、中西にはもう一つの拘りの技があります。

その拘りの技こそが、プロレスの芸術品と言われるジャーマンスープレックスです。

 

ヤングライオン時代から使用していた技で、1996年の凱旋試合も天山広吉をジャーマンスープレックスでフォールしていたので、これからはこれを必殺技にしていくのかな?と思っていたら、全くそんな事は無く…その後中西の必殺技になったのは、普通にヤングライオン時代と同じアルゼンチンバックブリーカー。

それはそれで良いんだけど、じゃあ何で大事な凱旋試合のフィニッシュをジャーマンスにしたんだろうと思ったもんですが、それ以降はジャーマンを使う事はあっても フィニッシュになる事はありませんでした。

 

そんな中西に突然の変化が現れたのは、2002年の事。

カール・ゴッチの元を訪れ、数日指導を受けただけで、ジャーマンの極意をつかんだと豪語。
それ以来、急にフィニッシュに用いる様になってしまいました。

確かに中西はレスリングで慣らして来たので、本来スープレックスは得意な筈ですが「お手軽に極意を掴み過ぎだろ!!」と・・・当時は方々で、ツッコミが聞こえて来ました(笑)

 

その時期と重なる様に、NAOHを退団してフリーとなっていた高山善廣が新日本プロレスに参戦して来ると、同世代と言う事も有りますが、高山が得意としているのはエベレストジャーマンと呼ばれる 超高角度のジャーマンスープレックスなので、ジャーマンの極意を掴んだと豪語する中西としては、メチャクチャ意識しまくります。

 


「お前が、エベレストなら俺は富士山じゃ!!」

と自らのジャーマンを富士山ジャーマンと命名。

 


これは高さのエベレストに対して美しさの富士山。

・・・と言う意味が有るらしいのですが高山はサラリと

「お前のジャーマンは、別にそんなに美しくないだろ」と一蹴。

 

あっ!言っちゃった!!

中西のジャーマンだって凄く美しい時もあるのに!!

 

・・・とまぁ両者のこんな やりとりの末に何だかんだで、リング上で向かい合えば、そこは真っ向勝負を信条とする2人だけに、激しくブツかりあいます。

その末に中西のほぼ一方的な提案で実現した、ジャーマン封印マッチ

 

どちらのジャーマンが凄いか?と言う趣旨の試合だったのに、フィニッシュとなったのは高山のランニングニーリフトで、敗れた中西は約束通りジャーマンを封印するも 数カ月後には何事も無かったように、普通にジャーマンを使うグダグダっぷり。

基本的に新日本のこの手の○○封印マッチで、本当に封印した人は居ませんが、この時のケースは”野人”だけに、封印マッチをおこなった事すらも覚えてなかったのかも知れません。

 

うむ

それなら しょうがないですね!!

 

ちなみに富士山ジャーマンと言うネームの浸透度は、少し微妙でした。