誰しも一度や二度は、何らかの約束をした事があるでしょう。
何らかの事情があって 約束を守れない事は誰にでもあるでしょうが、例えどんなに時間がかかっても約束を守るのは大事な事。
獣神サンダー·ライガーも男同士のある約束を果たすのに、17年かかってしまいましたが、しっかりと約束を果たしてから、悔いを残さずにリングを降りています。
今ではプロレス王の名を欲しいままにして、色々なプロレス団体を荒らし回って今なお威光を放つ鈴木みのる。
かつてプロレスから離れていた頃は、パンクラスを立ちあげた船木誠勝と供に、二大巨頭と呼ばれ、紛れもなくキングオブ・パンクラシストにも輝いた事のあるパンクラスのトップ選手でした。
しかし いつからでしょうか?
鈴木は勝利とは遠ざかっていき、次々と後輩たちにも敗れる試合が目立ってきており盟友の船木にまで「もう引退した方がいい」と通告されてしまう程 落ち込んでいました。
そんな現実は誰よりも、鈴木本人が一番分かっており「勝てなくなった以上は引退」の最後の決断をしてしまいます。
せめて最後は、若手時代に供に汗を長し、毎日のようにしのぎを削っていたライバルの佐々木健介と殴りあって完全燃焼してから、リング降りようと鈴木は心に決めました。
当時の新日本プロレスは、パンクラスと提携関係にあり 鈴木vs健介の一戦は直ぐに決まったのですが、直後に健介が足の怪我を理由にこの一戦を辞退。そして突然の新日本退団。
健介の対戦辞退・退団は新日本にとっても寝耳に水で、首脳陣も健介には怒りをあらわにするも、当事者たちも非常に困惑しておりどうする事も出来ずに、この一戦は白紙に戻ってしまいます。
「弱い奴は死に場所すら選べないのか・・・」
自分の求めていた死に場所すらも奪われて鈴木は、絶望してしまいます。
そんな時に、かつての新日本道場で最も仲の良かった先輩である獣神サンダー・ライガーから鈴木の元に、一本の電話が入ります。
「おい、健介がオマエとやらないって聞いたぞ? なんでアイツやんねえんだよ!」
「そこまで話が進んでいたのに、どんな理由があるにしろ“出られない”ってなったら、おまえは健介が逃げたと思うだろ?」
「って事は新日本がオマエから逃げたって事になるんだよ。俺は絶対それを許さない。俺がやる。新日本は逃げねえからな。マスク脱いででも何でもいいよ、やるよ」
このライガーの対戦要求は、絶望の真っ只中にいた鈴木の心を救いました。
ガラにもなく「感動しちゃった」と言った鈴木の言葉は、紛れも無く本音だったのでしょう。
2002年11月30日
ついに実現した鈴木vsライガーの一戦は、パンクラスのリングでパンクラスルールでの対戦。 ライガーからすれば相手の土俵なので、不利な状況なのは当然で、浴びせ蹴りをスカした鈴木が、マウントパンチからのスリーパーホールドで一本勝ち。
試合結果うんぬんよりも、この試合をした事に大きな意味が有るのは言うまでも無く 本来ならばこれで思い残す事の無くなった鈴木は、これで引退する筈でした。
「もう一回やろう。でも、すぐというわけにはいかん。2年ぐらい余裕をくれ。次はブチのめす!」
試合後のライガーのこの発言は、敗北に対して悔しい思いが有ったのは事実でしょうが「それだけの試合が出来るのに引退なんて早過ぎるだろ!」と言うライガーのメッセージに聞こえてまりません。
真意の程は分かりませんが、ライガーの言葉に奮い立った鈴木はプロレスへの復帰を決意。
翌年には新日本プロレスに、プロレスラーとして復帰する事になります。
その後、全日本やNOAHや様々なインディー団体を転戦しながら、プロレス界で存在感を大きくしていき、多くの実績を残して行く一方で、ライガーと鈴木が交わる事は、余り有りませんでした。
鈴木に敗れて以降ライガーは、柔術道場に通い、紫帯まで取得しているにも関わらず、鈴木との接点は殆ど無いまま、時は流れてゆき2019年・・・ライガーは来年の1.4~1.5で長きに渡るプロレスキャリアにピリオドを打つ決意をします。
ライガーの引退まであと後一年も無い・・・
やはり黙って居られなかったのでしょうね。鈴木が口を開きます。
「オマエ、あの時言ったよな。『2年ぐらい時間よこせ』って。いつまで待たせるんだよ。それとも何か、『体力が衰えて怖いから、もうあなたとは出来ません』って事か?おい!どうすんだよ?」とライガーを挑発。
そして「獣神サンダー・ライガー30周年のプレゼントだ!」とオープンフィンガーグローブを投げつけた。
これを受けては、ライガーも黙っては居られないでしょう。 これまで機会が無かったとは言え、この挑発的な言葉の裏には、悔いが無くリングを降りれる様に「あの時の約束を今こそ果たしましょう」と言う鈴木の あの時の恩返しの意味も含まれていたと思います。
プロレスラーとして最後に、ライガーを体感したいと言うのはあったでしょう。勿論そんな事は、口が裂けても言わないでしょうが。
そして2019年10月14日
ここまで何度も激しい前哨戦や、鬼神ライガーへの変身などの過程を経て遂に、あの時の約束を17年振りに果たす日がやって来ました。
両国国技館
ライガーはあの時と同じ、対ヘビー級スタイルで、オープンフィンガーグローブ着用で、リングに現れました。
あの時は、未遂に終わった浴びせ蹴り
テーズプレスに、垂直落下式ブレーンバスター
ライガーも現在の持てる力を全て出し尽くし、一方の鈴木も大一番でしか出さないドロップキックを出したり、壮絶なシバキ合いを展開。
最後は、まだまだ現役でプロレス界を生きて行く鈴木が、意地を見せゴッチ式パイルドライバーで勝利して約束の試合は幕を閉じました。
そして最後に大の字になるライガーを介抱する若手を蹴散らすと、イスで攻撃するのかと思いきや、イスを投げ捨てるや ライガーに向かって、あの鈴木がまさかの座礼をしたのです。
この場面は、泣きそうになりました。
試合後の座礼は、2人の師匠である藤原喜明が試合後や練習後に良く見せていた作法ですが、やはりこの2人の間で行われると、いろいろ感慨深くなって来ます。 当の鈴木もその胸中には、色々思う所はあったのでしょうね。
声にこそ出しませんが「ありがとうございました!」と 鈴木の心の声が聞こえて来そうな場面でありました。
この瞬間だけは、かつて野毛道場で供に汗を流した2人に、青春時代がダブって見えた様でした。
勿論、この座礼が終わると そこに居たのはいつもの挑発的な鈴木みのる。
しかしライガーも鈴木には、感謝しているでしょう。
間もなく引退を控えている自分の心残りだった部分を、鈴木は取り除いてくれました。 引退後には「プロレス人生に心残りも悔いも一切無い!」と言い切ったライガーは、やはりこの17年の約束を果たしたからだとも思います。
この2人の間には、2人にしか分からない感情もあったのでしょう。
試合後にマイクを持ったライガーが
「スズキー!!・・・ありがとうな」と言ったこの場面に、これまでの2人の歴史が全てつまっていたと思います。
2019年10月14日は、獣神サンダー·ライガーが、鈴木みのるに17年後の約束を果たした日でした。