佐々木健介のストラングルホールドα

殆どのレスラーは、海外武者修行の際に新たな必殺技を身に付けて 凱旋してくる物です。

 

全員がその限りではありませんが、意外な事にあれだけ豊富な技を持つ佐々木健介は、凱旋と同時に新必殺技を披露する事はありませんでした。

1990年の凱旋当時の健介の必殺技と言えば、パワースラムと逆一本背負い

これは、どちらも海外遠征前から使用していた技なので、海外修行では特に新たな技を身に付けては来なかった…と思われていたのですが、敢えて使わなかっただけで、海外修行でマスターした技が実はあると、凱旋から2年後に初めて明かしています。

 

カナダで、スチュ・ハートに伝授されたと言う絞め技のストラングルホールドα。

ストラングルホールドγならば、健介の技として有名ですが、それの原型となった技が、相手を完全に寝かした状態で首を極めるストラングルホールドαでした。

最もこのαと言うのは後付けで、後に自ら改良を加えγを開発した事で、区別の為に初期型をαとしただけです。

 
当初は技の存在は明かしながらも「威力は有るが、見栄えが余り良くない」との理由で、使う事は無かったのですが、1991年に骨折により長期欠場を余儀なくされた健介は、1992年に復帰するも周りの選手に置いていかれた焦りからか、ストラングルホールドαの解禁を決意します。

G1二連覇中で新日本のトップに位置する蝶野正洋戦で、遂にストラングルホールドαを初公開。

ここで蝶野を敗れば、長期欠場で出遅れた分を一気に巻き返せるので、見た目が地味だとかの見映えは気にせずに、勝つ事に拘った結果だったと思います。


執拗なストラングルホールドαは、首に爆弾を抱える蝶野をギブアップ寸前まで追い込みましたが、G1覇者としての意地が健介の執念を上回ったのか、最後はSTFの前に屈してしまいました。

敗けはしましたが、健介の意地とストラングルホールドαの威力をまざまざと見せ付ける事には、成功したでしょう。

 

その後、パワー・ウォリアーに変身した事により、更に力技が中心となった事で、ストラングルホールドαは一旦封印されてしまいますが、1993年12月に橋本真也の持つIWGPヘビー級に初挑戦した際に再び解禁。

 
今までは寝ている相手に仕掛けていたストラングルホールドαの入り方に改良を加え、立っている相手に膝蹴りを入れて、屈ませた相手の首に足を絡ませて、転がしながら極める変形の入り方も初公開。 再三に渡り王者を苦しめています。

これ以降は、再びストラングルホールドαは封印されてしまい、更に安定感のあるストラングルホールドγを開発した事により、ストラングルホールドαは残念ながらその役目を終える事になります。

 

γもそこまでフィニッシュ率が高かった訳ではないので、何もαを封印しなくても必要に応じて使い分けをすれば良かったのに・・・とは思いますけどね。

 

ちなみに、辻よしなりアナウンサーも新日本道場で、何故かこの技を
受けた事が有るらしく、相当痛いそうです。

素人がレスラーの全体重を首にかけられたら、あっさり首を折られしまいそうですね。

レスラーの技を受けてみたいというのは、プロレスファンとしては分からなくもないですが・・・羨ましい様な・・・絶対受けたくない様な・・・