天山広吉のアナコンダバイス

新日本プロレスの選手の多くは、IWGPやG1に挑むもなかなか栄冠を手にする事が出来ずに、苦しんだ選手が多いと思います。

例外を挙げるとするなら その両方を一発奪取したのは、歴史上オカダ・カズチカくらいでしょうか。

あのミスターIWGPと呼ばれた橋本真也ですらG1には、縁がなく 8度目の出場にしてようやく優勝を果たした程です。

 

下の世代になると天山広吉も同じ様に苦しんだ一人で、1995年に凱旋以降 物凄い勢いで新日本のトップ陣に食い込むもIWGPやG1には、なかなか手が届きませんでした。

そうこうしてる内に、2003年を向かえ、天山は未だにIWGPもG1も獲れずに、もがき苦しんでいました。

 

天山より後に、凱旋帰国を果たした永田裕志や中西学にもG1制覇で先を越されてしまい 小島聡も移籍先の全日本で、チャンピオンカーニバルを優勝しているので、天山としては同世代の活躍に、焦りが無い訳はありません。

そんな崖っぷちの天山が、9度目のG1に挑む直前に向かったのは、カナダのカルガリー

大剛氏の元で肉体改造に励み、練習漬けの日々を送る中で、アナコンダバイスと言う新技を習得して万全を期して 9度目のG1に挑む事になります。

 

迎えたG1初戦は、アナコンダバイスを出す事無くNOAHの秋山準に敗れてしまい 続く2戦目でも当時・ヤングライオン上がりの棚橋弘至にまで、まさかの敗戦を喫してしまい早くも崖っぷちに追い込まれてしまいます。

しかし極限まで追い込まれてからの天山が強かった。

 

3戦目の蝶野正洋に、バッファロースリーパーで勝利すると 中西学・西村修を立て続けに、新技アナコンダバイスで撃破!

秋山に次ぐ リーグ戦2位で、決勝トーナメント進出を果たしたのです。

 

準決勝では、これまで勝った事の無い高山善廣にもアナコンダバイスで、勝利を挙げると 決勝戦で天山と向かい合ったのは、公式リーグ初戦で敗れている秋山準。

天山にとっては、これ以上無いシチュエーションです。 

 

ここまでアナコンダバイスが猛威を奮い 勝ちあがって来た天山ですが、秋山を相手にどこまで通じるのか?と言う不安はありました。

・・・・と言うのもNOAHでは、関節技や絞め技などの決着は、殆ど無くトップ選手にもなるとギブアップ決着なんて ほぼ観れない光景だったので、秋山を相手に、アナコンダバイスで勝てるのか!?と言う心配はかなりあったのを覚えています。

 

公式戦で敗れているリストクラッチエクスプロイダーだけは、ディフェンスしつつも天山プレスやダイビングヘッドバットに、TTDを何発も打っていきますが、それでも3カウントは奪えない。

やはり旧全日本からNOAHで、トップにいた秋山は強い

終盤に、遂にリストクラッチエクスプロイダーを食らう場面はありましたが、ロープに助けられTTDからのアナコンダバイスで遂に秋山を捕獲。

しぶとい秋山は技をかけられたまま尚も立ち上がってきますが、天山はそのまま強引にマットに叩きつけ再度のアナコンダバイスで締め上げます。

勝負あり!

ギブアップこそ奪えませんでしたが、秋山が身動きの獲れなくなったのを見てレフリーストップ

天山広吉、悲願の初優勝です!

 

あの秋山に、アナコンダバイスで勝ったのは大きいです。欲を言えば秋山にギブアップの意思表示をさせて勝利して欲しかった所ですが、そこは秋山も強かったと言う事で。

 

それにしても天山が、アナコンダバイスを開発した時は豪快な天山に、絞め技は余り似合わないし 何ならバッファロースリーパーも有るのに、この技は必要かな?とも思いましたが、今となっては天山には無くてはならない技にまで昇化しましたね。